大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 平成3年(行ウ)6号 判決

原告

佐野猛

右訴訟代理人弁護士

鬼丸かおる

被告

吉田廉

関尊

右両名訴訟代理人弁護士

藤森克美

被告

富士根畑そう土地改良区

右代表者理事長

上杉性市

右訴訟代理人弁護士

小林達美

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は、全部原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、静岡県富士宮市に対し、それぞれ金二一六万円並びに被告関尊及び同富士根畑そう土地改良区については平成三年六月二八日から、同吉田廉については同月二九日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  本案前の申立て(各被告)

主文同旨

三  請求の趣旨に対する答弁(各被告)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は全部原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、静岡県富士宮市の住民である。

2  被告富士根畑そう土地改良区(以下「被告土地改良区」という。)は土地改良法に基づく事業を行なうため、昭和四八年一〇月二九日、静岡県知事の認可を得て設立された公益法人である。

被告吉田廉は、富士宮市の市長として、同関尊は同市の収入役として、平成元年五月三一日及び同年一一月二日の二回にわたり、被告土地改良区に対し、平成元年度土地改良事業にかかわる人件費補助として各金三三四万円を交付した。そのうち事務局長にかかわる人件費分の補助金は計二一六万円であった。

3  ところが、右事務局長にかかわる人件費分の補助金の交付(以下「本件補助金」という。)には次の違法事由がある。

(一) 事務局長の職務専念義務違反

被告土地改良区の事務局長の職は、その内部規則により常勤であるところ、平成元年度の事務局長上杉義正(以下「上杉事務局長」という。)は、富士宮市市議会議員を兼職していた。そのため、議員としての活動があるため、右規則に反して被告土地改良区の事務にほとんど従事していなかった。被告土地改良区には、同人のための机もなく、出勤簿もない。

以上によれば、右上杉事務局長が被告土地改良区事務局長としての職務専念義務に違反していたことは明らかであり、そのような被告土地改良区事務局長の人件費補助を交付したことは違法である。

(二) 被告土地改良区の事業が上杉事務局長の私物化により公益性を失っていたこと

上杉事務局長は、被告土地改良区の事務を事実上一人でとりしきっていたが、以下に述べるとおり、その組合員から土地改良事業のためと称して寄付させた土地を同人の関係者に無償で譲渡したり、あるいは組合員に交付すべく静岡県から補助を受けた金員を当該組合員に交付しない等の違法行為を昭和五五年ころ以来継続して行なっている。

(1) 被告土地改良区の定款の目的の範囲外の行為

被告土地改良区の定款四条は「この改良区は、土地改良事業計画、定款、規約及び管理規程の定めるところにより、次に掲げる土地改良事業を行なう。(1) 地区内農業用道路の維持管理 (2)県営畑地帯総合土地改良事業によって造成された施設を譲与又は管理委託される場合は、これを維持管理する。」と規定し、また、これを受けた事業計画書によれば、「(3) 維持管理計画 地区内の既設農道八六〇〇メートルを年二回定期的に出役し、その維持管理に当たる。」とされており、その外、被告土地改良区の事業を定める規定は存しない。それによれば、被告土地改良区は、その行為能力が、イ 既設農業用道路の維持管理、ロ 県営畑地帯総合土地改良事業により造成された施設のうち譲与又は管理委託された施設の維持管理、ハ 右に付帯する事業に限定されているのであるから、右イないしハに該当する場合以外の道路位置の変更や組合員から土地の寄付を受けて他者に譲渡する等の行為はなしえない。

しかるに、上杉事務局長は、被告土地改良区の事業執行として、右範囲を超えて次のような行為をした。

a 昭和五五年一一月一九日、被告土地改良区の組合員である上杉勇が被告土地改良区に寄付した三筆の土地を同月二五日及び同年一二月二二日に上杉善久に無償で譲渡した。しかし、右譲渡は、既設農道や県営の施設の維持管理とは関係がなく、専ら一個人に四方が道路に面した有益な土地を供与したに過ぎない。

b 被告土地改良区が昭和五五年八月一五日、国から払い下げを受けた元国道用地の富士宮市杉田八二二番四の土地につき、同月二七日、地続きの土地(同番一)の所有者である佐野智に無償で譲渡し、更に、右八二二番四の土地の地続きである同所七八八番七の土地を、同年一一月一九日、所有者上杉勇に寄付させ、同年一二月八日に右佐野に無償譲渡した。しかし、右譲渡行為は、被告土地改良区の組合員でも、富士根地区の住民でもなく、かつ農業従事者でもない右佐野に対して行なわれたものであり、しかもその必要性もなかったのであるから、上杉事務局長が自己の義兄である右佐野の利益を図る目的で行なった行為である。

c 被告土地改良区は、昭和五五年三月二八日、右上杉勇にその所有する杉田七八八番八の土地を寄付させた上、同年七月一七日にこれを静岡県に寄付をして、道路とした。しかし、右はbに記載した従来の国道用地の代りに道路の用に供された土地であるが、交通の便など農民らに資する点はなく、bと同様に右佐野を利する行為の一環に過ぎない。

d 静岡県は、県営畑地帯総合土地改良事業として、富士根地区に第二号承水路兼道路の敷設を計画していたところ、昭和六一年八月一五日、その位置は、土地所有者らの合意により県の指導した場所に決まった。ところが、上杉事務局長は、昭和六二年三月、静岡県にも被告土地改良区理事会にも無断で、予定道路の位置を変更し、工事を強行した。

県の指導に基づいた右変更前の道路予定地は、両脇が茶畑であり、農業基盤の整備、農業生産性向上等の被告土地改良区の目的に適合した立地であったが、変更後の道路は、山林の中を通ることになり、変更地点以降の畑に何ら利益を及ぼさない上、曲がりくねったもので、道路形態としても好ましくないものであった。しかも、右道路の敷設位置については、既に昭和六一年八月一三日の現地立会の際に上杉事務局長が県の職員に対して右変更後の位置への敷設を希望したが、同職員から不適切と指摘されていた。

以上によれば、右道路位置の変更が被告土地改良区の公益的な目的と全く関係がなく行なわれたことは明らかである。しかるに上杉事務局長が右のとおり道路位置の変更を強行したのは、被告土地改良区監事の渡辺孝義が右道路位置の変更により新たに接道することになった山林の所有者であり、また、上杉事務局長が、昭和六二年にはじめて市議会議員選挙に立候補したことなどの事実に照らすと、自己の選挙対策として利用しようとしたからである。

e その外にも、被告土地改良区は、組合員から寄付された土地を無償で第三者に譲渡したり、土地改良区の目的に適合しない道路敷設や架橋をしている。

(2) 上杉事務局長の詐欺的ないし横領的行為

渡辺吾が被告土地改良区内に所有する土地を静岡県に道路用地として売却した際、静岡県が被告土地改良区内の土地を買収するに際して事実上その仲介していた上杉事務局長は、右渡辺に対して「被告土地改良区のために全員に土地の売却代金を寄付してもらっている。」と述べて、売買代金を被告土地改良区に寄付させた。しかし、静岡県に道路用地として土地を売却した右渡辺以外の者の中には、売買代金を受領した者がおり、全員がその売買代金を寄付しているわけではない上、寄付させた代金が全額被告土地改良区に収入として計上されているか組合員に明らかにされていない以上、上杉事務局長が虚偽の事実を申し向けて右渡辺に寄付をさせたものと推測せざるを得ない。

以上の一連の上杉事務局長ないし被告土地改良区の違法行為は、自己や一部の利益のために土地改良区という組織を利用しているものであり、公益上の必要に基づかないことは明らかである。したがって、補助金支出の要件も認められない。

4  富士宮市行政組織規則一〇条林政土地改良課庶務係13の規定によって、土地改良区等の事務手続に関する事項は、林政土地改良課庶務係の事務であり、富士宮市長の統轄下にあることと定められているから、その事務手続は、富士宮市の事務である。したがって、被告吉田は、富士宮市市長として、土地改良区の事務の適法性を常時保つ義務があり、また、吉田は市長として、同関は同市収入役として、土地改良区の事務が違法に至れば直ちにその補助金の支出を停止する職務上の義務がある。

被告吉田及び被告関は、昭和五五年ころ以来、被告土地改良区の事業執行につき、上杉事務局長により前記3掲記のような違法行為が継続して行なわれていることを、それぞれの時点で知るべきであり、直ちに補助金の支出を停止すべきであった。そのような義務が尽くされていたならば、本件平成元年度の被告土地改良区の事務局長分の人件費補助は行なわれなかったはずである。また、前記3の違法行為は平成元年当時も継続していたから、その時点においても、被告土地改良区に対する事務局長の人件費分については地方自治法二三二条の二に規定する「公益上の必要」がなく、したがって補助金を交付すべきでなかった。

しかるに、被告吉田及び同関は、これらの義務に違反して、被告土地改良区の事務局長の人件費にかかわる本件補助金分として二一六万円の交付をし、富士宮市に同額の損害をもたらした。したがって、被告吉田及び同関の両名は、不法行為に基づく損害賠償責任として支出した右補助金全額を富士宮市に賠償する責任がある。

5  また、被告土地改良区は、その情を知りながら、右違法な補助金の交付を受けて同額の不当な利益を得たものである。

6  原告は、地方自治法(以下「法」という。)二四二条に基づき、平成三年三月二六日、富士宮市監査委員に対し、本件補助金の支出に関し住民監査請求を行なったが、同年五月二一日、右請求にかかる事実には違法性・不当性はないとして請求は棄却され、その通知は同月二二日、原告に送達された。

7  よって、原告は、法二四二条の二第一項四号に基づき、富士宮市に代位して被告吉田及び同関に対しては、不法行為に基づく損害賠償請求権として、被告土地改良区に対しては、利得者悪意の場合における不当利得返還請求権として、各自金二一六万円及び本訴状が各被告に送達された翌日である被告関及び同土地改良区については平成三年六月二八日から、同吉田についは同月二九日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本案前の主張(被告ら共通)

1  監査請求期間の徒過

請求原因2記載のとおり、本件補助金の支出の日は平成元年五月三一日及び同年一一月二日である。しかるに、原告が本件監査請求をしたのは、同6記載のとおり、平成三年三月二六日であるから、法二四二条二項にいう「当該行為のあった日又は終わった日」から一年を経過した後になされたものであり、右監査請求は不適法であり、したがって、本件訴えも不適法である。

なお、原告は、(一) 本件補助金の支出確定は平成二年四月一八日であり、補助金はその日に支出されたことになるから監査請求の期間は徒過していない、(二) 仮にそうでないとしても、法二四二条二項ただし書の「正当な理由」がある旨主張するが、次のとおり失当である。

(一) 監査請求期間の起算点について

富士宮市補助金交付規則によれば、原則として、市長は申請者からの補助事業実績報告書を提出させ、その内容を審査し、適当と認めたときは、補助金の交付を確定し、その後に、補助金を交付する(同規則一一条、一二条)とされているが、市長が、特に必要と認めたときは、確定前でも補助金の全部又は一部を概算払又は前金払で交付することができる(一三条)と定められており、本件補助金は右一三条により処理されたものである。

平成元年五月三一日と同年一一月二日の本件補助金の交付は、平成二年四月一八日に確定しているが、これは、前払の被告土地改良区に対する交付額をそのまま適法と認めて市長がこれを確認したものであるが、この場合の確定とは、「決定の全部又は一部の取消」(同規則一四条)をしない旨の確認とみるべきである。そうすると、平成元年五月三一日と同年一一月二日の本件補助金の交付の日が、「当該行為のあった日」というべきである。そして、監査期間の遵守の有無については監査請求対象の各個の財務会計上の行為毎に判断されるべきであるから、原告は、右各支出の日からそれぞれ一年を経過した平成二年五月三一日及び同年一一月二日までに住民監査請求をしなければならなかったのにもかかわらずこれを徒過した。

富士宮市監査委員は、この点を看過して請求原因6のとおり、原告の監査請求を棄却したものであるが、監査委員がこの点について判断を誤ったことにより、期間徒過の瑕疵が治癒されることはない。

(二) 法二四二条二項ただし書の「正当な理由」について

法二四二条ただし書の正当な理由の有無は客観的に判断される事柄であり、住民の知・不知という主観的事情によって左右されることではないと解すべきところ、本件補助金は、平成元年度の富士宮市一般会計予算に計上され、議会の承認を受けて公然と支出されているもので、何ら秘密裡にされたものではないから、期間徒過について原告に正当な理由はない。

2  非財務会計行為を審理の対象とするものである点について

住民訴訟の対象にできる事項は財務会計行為に限定されるところ、前記原告の主張によれば、本件住民訴訟の審理対象が個々の土地改良事業の内容に立ち入って、その適否を判断すべきことになり、財務会計上の問題を離れて、土地改良事業遂行中の諸問題が審査の対象となることに帰するが、これは、非財務事項の当否を問題とすることになり、住民訴訟の枠を踏み越えるものであり、許されない。

三  本案前の主張に対する原告の反論

1  監査請求期間の遵守について

(一) 監査請求期間の起算点について

富士宮市補助金交付規則一一条ないし一五条によれば、本来補助金は補助金額を確定した後でなければ交付できず、同一三条により確定前に交付することは例外とされている上、同一五条によれば補助金がその金額の確定前に交付された場合において、確定額を超える金額が交付されているときは、補助金が返還される場合もあり得るのであるから、交付の日には、監査請求の対象としての支出行為を特定することができるような金額の確定がないばかりでなく、住民が当該補助金の交付の違法、不当の判断ができないことになる。

したがって、補助金が概算払や前金払により交付された場合には、その補助金額の確定があってはじめて交付行為が終了するというべきであり、その確定の日をもって監査請求期間の起算日と解するべきであり、本件補助金については、その金額の確定がされた平成二年四月一八日がその起算日となる。

(二) 法二四二条二項ただし書の「正当な理由」について

本件においては、本件補助金が、被告土地改良区事務局長でありかつ市議会議員である上杉義正に対し給与として支払われると知っていたものは、上杉本人を除き、市議会議員にも、被告土地改良区の理事長以下の理事たちにもいなかった。

原告は、被告土地改良区の事業執行や上杉事務局長の選挙戦での支出ぶり、日頃の生活態度から疑問を感じ、平成三年始めに富士宮市役所内の被告土地改良区の事務所に資料の提出を求めたり、被告土地改良区の理事長に事務局長の給与額を尋ねたり、富士宮市林政土地改良課に補助金の内訳を尋ねたりしたが、いずれも回答を拒否された。

原告は、平成三年三月初旬に、富士宮市の一部長から、人件費補助の金額をメモの形で知らされ、初めて被告土地改良区への人件費補助が上杉事務局長の給与に充てられていることを知ったものであり、それから二〇日程で本件監査請求に及んだものである。

なるほど、本件補助金は富士宮市の一般会計予算に計上されてはいたけれども、同予算に計上されるのは補助金の合計額であり、その内容は公示されていないから、通常住民とはしてはこれを知りえない又は知ることが困難な状態におかれていたものであり、秘密裡に行なわれていたものと評価することができ、また、原告が相当な注意力をもって調査しても、被告土地改良区に対する補助金のうち、いくらが上杉事務局長への給与に対する補助であるかについて知りえなかったというべきである。そして、原告は、当該行為を知ってから相当な期間内に監査請求をしたものであるから、法二四二条二項ただし書の「正当な理由」がある。

2  審理の対象について

原告は、上杉事務局長が被告土地改良区をして行なわしめた行為が違法であるから、直ちに補助金の支出が違法であると主張しているものではない。

原告が、被告土地改良区の上杉事務局長の違法行為を古くにまでさかのぼって主張しているのは、自己や一部の利益のために土地改良区という組織を利用しているだけで、公益の必要が認められないこと、したがって、本件補助金交付の要件を欠くことを明らかにするために述べているものであり、原告は、あくまで本件補助金交付の適否を審判の対象として求めているものである。

四  請求原因に対する認否

1  被告吉田・同関

左に記載するものの外は、後記2被告土地改良区の認否に同じ

(一) 請求原因1、同2は認める。

(二) 同3(一)の事実中、上杉義正が被告土地改良区の平成元年度の事務局長であること、同人が市議会議員であること、同被告には同人のための机がなく、出勤簿も備えられていなかったことは認め、その余は否認する。なお、出勤簿についは、市の職員についても存在しない。

(三) 同3(二)の事実については不知。

(四) 同6の事実中、原告に監査請求棄却の通知が送達された日は五月二一日である。

2  被告土地改良区

(一) 請求原因1及び2の事実は認める。

(二) 同3(一)のうち、平成元年度の被告土地改良区の事務局長が上杉義正であること及び同人が富士宮市議会議員であることは認め、その余は争う。

(三) 同3(二)(1)の事実中、被告土地改良区の定款に原告主張の「事業」が規定されていることは認め、行為能力の範囲については争う。

同事実中、aにつき、上杉勇所有の二筆の土地を上杉善久に無償譲渡したこと、同bにつき原告主張の土地の権利変動の事実があったこと、同cにつき、上杉勇の土地を被告土地改良区が寄付を受けてこれを建設省に譲渡した(県ではない)事実は認め、その余の事実及び主張は争う。

同(2)については、被告土地改良区が、渡辺吾から土地売却代金の寄付を受けたことはあるが、その余の事実はすべて争う。

(四) 同4の事実中、富士宮市行政組織規則一〇条林政土地改良課庶務係13の規定によって、土地改良区等の事務手続に関する事項は、林政土地改良課庶務係の事務であり、富士宮市の統轄下にあることと定められており、その事務手続が、富士宮市の事務であることについては、明らかには争わず、その余の事実及び主張は争う。

(五) 同5の事実は否認する。

(六) 同6の事実は、認める。

五  被告らの主張

1  被告吉田、同関

(一) 被告土地改良区の事務局長と市議会議員の兼任について

被告土地改良区の事務局長の身分は、平成元年度被告土地改良区一般会計において、給与、職員手当、共済費に計上され支出されているので、一般職であるところ、土地改良法二〇条は、職員の兼職禁止を規定しているが、同法は、市議会議員との兼職禁止は規定していない。一方、法九二条は、議員の兼職禁止を規定するが、同法においても土地改良区職員との兼職禁止は規定していない。更に、法九二条の二による市議会議員の関係私企業への関与禁止にも、被告土地改良区は該当しない。

したがって、被告土地改良区事務局長が富士宮市市議会議員であることは、土地改良法及び地方自治法のいずれの兼職禁止規定にも抵触しないので、違法はない。

(二) 上杉の職務専念義務について

富士宮市としては、上杉が事務局長の職責を全うしてきたものと判断してきた。原告が問題にしている事務局長の執務に伴う形式的職務専念義務の案件は、本来被告土地改良区理事長らの監督上の問題であるから、被告土地改良区が判断すべき事柄である。

上杉が市議会議員を兼職したことにより、土地改良事業の遂行が阻害されたり、事務局長の職責が果たされなかったわけではない。

(三) 人件費補助について

被告土地改良区に対する人件費補助についても、市の基準により(優遇措置要綱の適用を受けて退職した市職員の、嘱託職員としての月額報酬一八万円×一二か月=二一六万円)を補助したものであり、何ら違法はない。

2  被告土地改良区

被告土地改良区の事業は、県知事が認可し、県が主体となって工事等をとり行なう県営事業的性格があるから、富士宮市として、個々の事業内容に立ち入って違法・適法の判断をすべき権能も義務もない。

県がとり行なう公益的な土地改良事業について、法二三二条の二、これに基づく富士宮市補助金交付規則に則り、市が経費を補助することは、適法なものとして何ら非難されるいわれはない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が、静岡県富士宮市の住民であること、被告土地改良区が土地改良法に基づく事業を行なうため、昭和四八年一〇月二九日、静岡県知事の認可を得て設立された公益法人であること、被告吉田廉は、富士宮市の市長として、同関尊は同市の収入役として、平成元年五月三一日及び同年一一月二日の二回にわたり、被告土地改良区に対し、平成元年度土地改良事業にかかわる人件費補助として合計金三三四万円を交付したこと、うち被告土地改良区の上杉事務局長にかかわる人件費分としての本件補助金は計二一六万円であったこと、原告は、法二四二条に基づき、平成三年三月二六日、富士宮市監査委員に対し、本件補助金の支出に関し住民監査請求を行なったが、同年五月二一日付で右請求にかかる事実には違法性・不当性はないとして請求が棄却されたことの各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

また、〈書証番号略〉によれば、富士宮市の平成元年度の被告土地改良区に対する補助金の支出総額は、四六四八万三七〇七円で、その内訳は、被告土地改良区の事業執行のための借入金の償還費用分として三九九四万九二四二円、事務局長及び事務員の人件費分として三三四万円、運営費分として三〇〇万円、総代選挙費実費分として一九万四四六五円であったこと、右補助金の支出科目は、「富士宮市一般会計予算、第6款農林水産業費、第1項農業費、第2目農業総務費、第19節負担金補助及び交付金」として計上されていること、右人件費分の内訳、事務局長分として富士宮市嘱託職員の月額報酬相当額一八万円×一二月分=二一六万円、事務員分として、事務員の年額人件費の二分の一相当額の一一八万円であること、右補助金は、人件費分及び運営費分があるために三回に分割して支出され、第一回は平成元年五月三一日に三一七万円、第二回は同年一一月二日に三一七万円、第三回は平成二年二月一五日に四〇一四万三七〇七円の交付がされたこと、ただし、右各交付の確定は同年四月一八日であったこと、事務局長の給与及び職員手当は、被告土地改良区の一般会計予算から支出されていることの各事実が認められる。そして、前記争いのない事実に照らすと、本件補助金分は、第一、二回の交付分に含まれ、第三回目の平成二年二月一五日の交付分には含まれないものと解される。

二被告らの本案前の主張について判断するに、本件訴えが適法であるためには、原告が本件訴訟の提起前に法二四二条二項の規定による監査請求を経ていることが必要である。

1  そこで、先ず、本件監査請求の期間遵守の有無について検討する。

富士宮市補助金交付規則によれば、同市における補助金交付は原則として(1)補助金の交付を受けようとする者の交付申請(三条)、(2)市長の審査・交付決定(四条)、(3)補助の目的たる事業の遂行、(4)事業の完了及び補助事業の実績報告(一〇条)、(5)市長による審査及び交付すべき補助金額の確定(一一条)、(6)補助事業者からの請求に基づく補助金交付(一二条)の手順で行なわれるところ、一定の場合には概算払又は前金払(一三条)ができるものとされ、前記一認定の経過によれば、本件補助金は、市長による補助金額の確定に先立って概算払されたものであることが明らかである。

ところで、このように概算払により補助金が交付された場合における法二四二条二項の期間の起算点である「当該行為があった日」は、個々の支出行為のあった日と解するのが相当である。なぜならば、概算払も、法二三二条の五第二項に規定されている正規の支出の一方法であり、それ自体について従うべき財務会計法規が存する上、実質的にもそれにより地方公共団体の資金が流出し、私人に帰属するものであって、かつ、前示のとおり、本件補助金は予算に計上されており、概算払の時点でその支出目的、金額及びその算定根拠は明確にされていたのであるから、その支出の違法性、不当性は、その後の補助金額の確定手続を経なくとも判断できるからである。

また、法二四二条一項、二四二条の二第一項が住民監査請求及び住民訴訟の対象を個別的に限定列挙していることからすれば、それらの対象となりうる財務会計上の行為は、それぞれが独立して監査請求及び住民訴訟の対象となりうる適格を有していると解されること、法二四二条二項の監査請求についての期間制限の趣旨が地方公共団体の機関又は職員の財務会計上の行為をいつまでも争い得る状態にしておくことが法的安定の見地からみて妥当でないとの趣旨によるものであることに鑑みると、監査請求期間遵守の有無は、監査請求の対象となる各個の財務会計上の行為毎に判断すべきであると解すべきである。

以上によれば、概算払による補助金の支出と補助金額の確定との全体を一体のものと捉らえ、右確定をもって補助金の交付行為が完了するとして、その概算払時の違法についての監査請求期間も確定の時から起算されるとする原告の主張は採用できない。

そうすると、本件監査請求は、本件補助金の交付日である平成元年五月三一日及び同年一一月二日を基準にしてそれぞれ同法二四二条二項本文に定める監査請求期間の制限を受けるところ、原告の監査請求は、右のいずれの交付日からも一年以上を経過した平成三年三月二六日に至ってなされているのであるから、右監査請求期間を徒過していると言うべきである。

なお、〈書証番号略〉によれば、富士宮市監査委員は、前記交付確定の日から一年以内に監査請求がされていることを根拠として、原告の本件監査請求を適法として監査を実施したことが認められる。しかし、既に述べたように、右は監査請求期間の起算日の解釈を誤って実体判断に入ったものであって、そのような誤った監査が行なわれたことによって、監査請求期間を徒過した本件監査請求及びそれに続く本件訴えの提起が適法となるものということはできない。

2  次いで、法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」の存否について検討する。

同項本文の監査請求期間制限の趣旨は、前記のようなものであるところ、当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裡に行なわれ、一年を経過してから初めて明らかにされたような場合や、天災地変等による交通途絶により請求期間を徒過したような場合にまで、右の趣旨を貫くことは相当でないから、同項ただし書は「正当な理由」がある場合には、例外として当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後であっても、住民に監査請求ができるものとした。したがって、当該行為が秘密裡にされた場合についていえば、同項ただし書にいう「正当な理由」の有無は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに、客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである(最高裁判所第二小法廷昭和六三年四月二二日判決・判例時報一二八〇号六三頁参照)。

これを本件についてみるに、前記一認定のとおり、本件補助金を含む被告土地改良区に対する補助金は、平成元年度の富士宮市一般会計予算に計上され、これに基づいて公然と支出されたものであり、また、被告土地改良区から上杉事務局長に対する給与等の支給も同被告の一般会計予算に計上されて支出されているものであって、いずれについても支出の過程においてことさら不正な処理をしてこれを隠蔽した等の特段の事情の存在を認めることはできない。そうすると、富士宮市はもとより、被告土地改良区においても、補助金の交付の事実が特に秘密とされていたことはないから、市議会の審議を傍聴し、前記一般会計予算の農業総務費中第19節負担金補助及び交付金の詳細と交付先を担当部局に尋ねるなどして、補助金の交付の事実及びその中に事務局長の人件費分の補助が含まれることは、容易に判明すると解される。

原告は、富士宮市の予算の執行状況について一般の住民に先立ってその内容を知り得る公職にはないこと、予算上は細目の全く分からない費目毎の合計が示されるだけであること、被告土地改良区の事業執行や上杉事務局長の選挙戦での支出ぶり、日頃の生活態度から疑問を感じ、平成三年始めに富士宮市役所内の被告土地改良区の事務所に資料の提出を求めたり、被告土地改良区の理事長に事務局長の給与額を尋ねたり、富士宮市林政土地改良課に補助金の内訳を尋ねたりしたが、いずれも回答を拒否されたこと、そのため、被告土地改良区に交付された補助金の内、いくらが事務局長の人件費分に該当するのかの資料を収集することが困難であったなどと縷縷主張する。

しかし、〈書証番号略〉(「富士宮市職員措置請求書」)及び〈書証番号略〉(平成三年四月三〇日付「富士宮市職員措置請求の追加申立書」)によれば、原告は、本件監査請求に際して、法二四二条一項の違法等の事実を証する書面として、平成元年度被告土地改良区一般会計予算(写)、被告土地改良区に対する補助金額の推移等の資料を添付していること、右監査請求においては、第一次的に、上杉事務局長による私物化のため、被告土地改良区の事業に公益性がなく、これに対する平成元年度における四七三二万四〇〇〇円の補助金交付は全て違法であると主張し、第二次的に、上杉事務局長の職務専念義務違反を理由に、被告土地改良区の事務局長を含む二名の常勤職員に対する平成元年度の給与支給額が六五四万六〇〇〇円であるところ、富士宮市の被告土地改良区に対する人件費を含む事務費に対する補助金の額は六三四万円で、その大部分が給与に充てられていると指摘し、上杉事務局長の給与相当額は返還を求めるべきであると主張するに止まり、特に上杉事務局長の人件費分の金額を特定して本件補助金の交付の違法を主張していたわけではないこと、平成三年四月三〇日に提出した追加申立書においても、平成二年度分の被告土地改良区に対する補助金支出についての措置請求を追加したに止まり、事務局長の人件費分の金額を特定した主張はされていないことの各事実が認められる。してみると、原告は、その主張する調査によって初めて知ったとする本件補助金の額を本件監査請求の理由において主張していないのであり、原告が本件補助金の額を知らなかったことをもって本件監査請求が請求期間を徒過したことの必然的な理由となるものではないといわざるを得ない。むしろ、右に認定した本件監査請求の経過によれば、原告は、富士宮市及び被告土地改良区の一般会計上明らかにされている事実から、本件監査請求をなしえたことがうかがわれる。

以上によれば、本件監査請求においてその請求期間を遵守できなかったことについて、正当な理由があるとの原告の主張は採用できない。

三よって、被告らに対する本件訴えは、適法な監査請求を経由しない不適法なものであるから、いずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担については行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉原耕平 裁判官安井省三 裁判官前田巌)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例